2014.01.11

丹下健三生誕100周年記念講演「建築のみらい」

  昨年3月のシンポジウムの講演録がUPされました。
http://kenzotange100-kenchikunomirai.jimdo.com/

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昨年は、丹下健三の生誕100周年ということで、
ぼくが長く関わっている香川県建築士会高松支部青年部会の事業として、
例年のように同世代の建築家を招くスタイルではなく、
丹下健三研究の第一人者藤森照信氏においでいただく
ということから準備が始まりました。
そして、夏に丹下さんの初めての展覧会を香川県が準備している中で、
展覧会の委員長の神谷宏治氏も加わることが決まりました。
そうなると、必然的にコーディネーターが必要となります。
宮本教博部会長に尋ねると、「どうすればいいですか?」と。
こうなれば、ぼくがやるしかありません。(笑)

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丹下研究の第一人者である藤森氏に加えて、
丹下さんの右腕である神谷宏治さん。
相当周到に段取りをしないとエライ事になるぞと、
かなりの重圧の中準備を始めました。
 

藤森さんはこれまでの経緯から、メールでのやり取りは
容易なことがわかっていましたが、
84歳の神谷さんとどうコミュニケーションを取ればいいのか、
と思っていたら、展覧会の準備でかなり頻繁にやり取りをしている
香川県の佐藤竜馬さんと今瀧哲之さんが、
「神谷さん、メール大丈夫です!レスも早いですよ!」と。

2ヵ月前に、全体の流れと時間配分表を作成し、
お二人に内容を確認していただく。
藤森さんはあまり細かなことは言いません。
神谷さんは、こちらが迷っているところを
的確に疑問を投げ掛けられました。
しかし、こちらがそこで決めたことは何もおっしゃいませんでした。

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当日、藤森さんは雑誌の取材旅行から直接会場入り。
このあたりも、「気にしなくていいから」という感じ。
神谷さんは、お昼前の飛行機で高松に。
少しでもお話が出来たほうが良いと思い、
佐藤さんと空港までお迎えにあがりました。
ご高齢なので、どのような様子なのか少々の心配もありましたが、
「矍鑠(かくしゃく)」と表現するのが失礼なほど、
背筋もしゃんとしているし、真摯な生き方が溢れている、
ダンディで風格がある様に驚きました。

ぼくの師山本忠司は、様々な建築家・アーティストと
交流がありましたが、その中でも、神谷さんの話をする時は、
特別なニュアンスを持っていました。
そのせいか、こちらの特別な思いもあり、
最初は中々話しかけられませんでした。
うどんを一緒に食べ、車で香川県庁舎へ。
一旦控え室にご案内し、県庁ホールを歩きながら
いろいろな話を伺うことができました。
そうしながら、ぼくは、少しずつ緊張がほぐれて行くのがわかりました。

控え室に戻ると、藤森さんが到着。
お二人に、実際に使用する映像を見せながら進行の説明。
というよりも通し稽古。
藤森さんでも年代が曖昧なものもあるようで、尋ねられましたが
ぼくの頭には年代はしっかり記憶されています。
ステージは披露されなかったお話も交え、
リラックスした中で良い準備が出来ました。

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壇上での様子は既にお読みいただいた通りです。

駆け足ではありましたが、何とか建築家丹下健三の人となり、
そして、「香川県庁舎」への道程をご紹介できたのではないかと思います。

7月20日に香川県立ミュージアムでスタートした
「丹下健三 伝統と創造 瀬戸内から世界へ」展は、見ごたえ十分で、
その記念シンポジウムも大変魅力的で充実したものでしたが、
神谷さんが体調を崩され欠席となってしまいました。
そうなった今、改めてお呼びしてお話が伺えて良かったと思っています。

今回の講演会を振り返って、師山本忠司が神谷さんのことを
何故特別なニュアンスで語っていたのか理解できたように思います。
「香川県庁舎」は、香川県にとって特別な建築です。
建築家丹下健三の傑作でありひとつの頂点であることは
講演会でも述べた通りです。
そして、郷土復興の記念碑である県庁舎を
気鋭の建築家丹下健三に託そうとした猪熊弦一郎の熱量。
戦後の「民主主義」は、県民に開かれたものであるべきであり、
それを体現することを丹下健三に託した金子正則元知事の熱量。
それを見事に建築としてかたちに顕した丹下健三の熱量。
そして、丹下健三を傍らで支えた浅田孝の熱量。
同じく丹下研究室の顔として現場にあたった神谷宏治の熱量。
香川県の技官として、良い建築とすべく現場で陣頭指揮を取った
山本忠司の熱量。
これらの、莫大な熱量が「香川県庁舎」を特別なものとし、その熱量は、
その後香川で仕事をすることとなる気鋭の建築家・アーティストに
伝播し、良い作品がたくさん生まれたのです。
そして、今もなお「香川県庁舎」は衰えることなく、
甚大な熱量を放出し続けています。

とにかくその端緒となった「香川県庁舎」。

山本忠司は、この「香川県庁舎」の現場を預かるものとして、

神谷さんと全身全霊を込めともに戦い、傑作に至らしめた

という意識が強くあるのだとおもいます。

「戦友」の如き思いを持っているのだと。そう感じました。

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懇親会の席で、神谷さんと藤森さんから、よいシンポジウムだったと、
褒めていただき、すこし安堵しました。
そして、その場で何かしらの記録に残すことを、
宮本委員長は約束しました。
 
ところが、前述したように神谷さんが体調を崩され、
文言のチェックが滞ったままUPできない状態だったのです。
 
今は、すっかり元気になられたようで、一安心です。

講演会終了後、すぐに神谷さんから御礼状をいただきました。
講演会でお世話になったことの御礼に加えて、
講演会が好評であったその成功が
ぼくのお陰である事の御礼が添えられていました。
これは、準備したものとしてとても嬉しいものでした。

師山本忠司は、自らが建築家であることだけでなく、
自分が関わった多くの作品に並々ならない愛着と誇りを持っており、
その評価を高めるための活動を、労を厭わずに尽力していました。
ぼくは、香川の建築・アートから多大な熱量をいただきました。
そして、それを伝えるお手伝いをすることが、
先達の方々への恩返しだと思っています。

丹下展の準備の多忙な中多大な協力をいただきました
香川県の佐藤龍馬さん、今瀧哲之さん、本当にありがとうございました。
また、すべての段取りと調整をしていただいた、
香川県建築士会高松支部青年部会の宮本教博部会長をはじめとする
部会のメンバー、そして部会のOB諸氏、
関わった人たちの魂が響きあう場を設えていただき
ありがとうございました。

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今回の講演会が、少しでも多くの人に、
熱量を伝えるこことなれば幸いです。

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2013.08.02

住宅完成見学会!

多度津町で進めてきた、住宅が完成しました。

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クライアントのご厚意により完成見学会を
させていただくことになりました。

のどかな田園地帯の中の住宅地の一画。

周辺の環境と生活の空間を心地よい距離感。

プライバシーを守るために外観はやや閉鎖的ですが、
2階に設けた中庭と吹抜けが、各室に応じた質の光と
心地よい距離感を生む住宅です。

8月3日(土)・4日(日)の12:00~15:00。

事前の申し込みなどは必要ありませんので、
ご自由にどうぞ。

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2012.01.25

上棟式

先日、現在工事中の住宅の「上棟式」がありました。

いわゆる「棟上(むねあげ)」のことで、
祭事としては「上棟式(じょうとうしき)」と言います。

工事の始まりの際に安全を祈願して行う「地鎮祭」を
不要だと言う方は、おられませんし、
場所が変われど、そうやり方に差はありません。

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しかし、「上棟式」に関してはずいぶん様変わりしました。

ぼくが子供の頃は、餅だけでなく、まんじゅうやお菓子、
そして、清酒の代わりに木札を投げたりしていました。

今は、ずいぶんと簡略化されています。

それは、大工の棟梁がすべてを取り仕切るやり方から、
施工会社の現場監督さんがマネジメントする方式になり、
さらには、「住宅メーカー」の住宅を「買う」という、
そのあり方が変化をもたらしているのだと思います。


今回の住宅は、2世帯住宅でほとんどが平屋。
一部分のみ2階。

その大きな屋根面で、上棟式。

本来は、女性が上がることはタブーでしたが、
少人数の家族での祭事ですので、上がっていただきました。

「祝詞(のりと)」は、棟梁に上げてもらい、清酒で乾杯。

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しかし、その時間になるとどこから掛けつけたのか、
ぞろぞろと人が集まってきましたが、
今回は、四隅のお餅だけの予定でしたので、
そのお餅をバランスよく持って帰ってもらいました。


ぼくは、高校一年生の夏休み、初めてアルバイトをしました。

午前中の部活を終えた後、ダッシュで帰り、自転車で
父がおじたちとやっていた工務店に向かいました。

今ではほとんど使われなくなった「ちょうな」で、
丸太のまま梁に使う松の表皮を削ったり、
角ノミの工具で、仕口を刻んだりしました。

そんな、段取りが整うと建て方です。

丸一日、朝から行きましたから、日曜日だったんだと思います。

大工さん総出で朝から。

お昼と夕方上棟後には、お施主さんから食事が振舞われ、
大工さんたちにビールも飲まされました!
初めてのビールで、昼間のビールでしたからひどく酔ったのを覚えています。

しかし、大工さんたちにとっては、晴れ晴れとしたお祭り。

そうなんだと感じました。


構造が「空間」を立ち現せる、この瞬間は、
いつまでたってもドキドキするものですが、
同時に、ビールで酔っ払いながらも、
大工さんたちの晴れやかな顔の記憶が蘇ってきます。

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2011.05.23

「玉楮象谷」

集合住宅「unite」のクライアント、詫間町の香川さんから
お電話をいただきました。

「象谷の器を手に入れたので、それを飾りながら使える家具を
 考えて欲しい」と。

江戸末期、讃岐漆芸の礎を築いた玉楮象谷の作品を手に入れたので、
それを収納しながらテーブルとして使える家具を考えて欲しいと。

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当初は、家具をガラスでつくり、作品を天板の下に飾ろうと、
そう思ったのですが、漆の繊細な表情を見せるのには、
ガラスだけでは、抑揚が無さ過ぎると思い、
黒い箱に、作品を置き、ガラスのボックスで覆うことにしました。

黒い箱とガラスのあいだで、作品の表情が際立って見えます。

ご自宅は、女流建築家の先駆者、林雅子さんの設計で、
香川さんは高校生の頃「モダン・リビング」で林さんの住宅を見て以来、
お願いしようと思われていたほどの建築通。

近代的な中にも、日本建築の持つ特有の陰影をつくり出す住宅は、
静寂と深さを、生活の中に与えてくれます。

そこかしこに置かれた美術品の中に、今回の家具が加わりました。

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2011.02.14

雪の地鎮祭

11日は、朝から雪。

午後から徳島の阿南市で地鎮祭。
ASJ徳島スタジオのM邸。

高速道路、大丈夫かなーとネットで検索すると全面通行止め。
天候回復の気配は無し。

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マネージャーに、「ちょと、行くの無理ですね。」と伝えると、
「電車はどうですか?」と。

調べてみると、さすがに軌道系。
遅れることなく動いてます。
まったく選択肢にありませんでした。

高松駅から徳島駅まで所要時間1時間。
迎えに来てもらって、現場まで30分。

徳島は以前から車での行き来がほとんどで、
記憶にある中での初めての高徳線。
山間の雪景色を楽しみながらあっという間に到着。

この日は「先負」なので珍しい午後からの地鎮祭。
雪から小雨になってましたが、風が少しあり、体感温度は極めて寒い。

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しかし、式典が始まり、「うぉぉぉぉぉ~~~。」と
神様を呼び始めると、雨は止み、一瞬の晴れ間も。
後で、神主さんがそういうものだと。

これからの工事の安全を祈願するわけですから、
「雨降って地固まる」もよし。

午後からの地鎮祭は初めてでしたが、
こんなに寒い地鎮祭も初めてでした。

しかし、何度体験しても、これから始まる、
クライアントにとっては一回だけの大切な工事へ向けて、
心新たに、身の引き締まる神聖な瞬間です。

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2011.01.26

法政大学55・58年館

新しくつくられた、どんなに素晴らしい建築も、
古い建物に決して敵わないことが、ひとつだけあります。

それは「記憶」です。

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ぼくが入学した、バブルの頃、多くの大学は、
手狭になった都心から広大なキャンパスを求めて、
大学都市へと変貌する八王子周辺へと移行、分散していました。

ここ数年、学生数の減少を見越して、本来の都心の持つ魅力を回復するべく、
都心のキャンパスに、大学の機能を戻し、再整備する動きにあります。

母校の法政大学の本拠地は市ヶ谷。
ぼくの所属した工学部は、前身の麻布から1964年東小金井へ。
経済学部と社会学部が、1984年多摩へ。
そして、2000年、市ヶ谷キャンパスに高層棟が建設。
2007年建築系学科は、デザイン工学部として市ヶ谷へ。

ここで、問題になってきたのが、旧校舎。

法政大学の建築学科をつくったのが、建築家 大江宏。

明治神宮宝物殿などを手掛けた、新太郎を父に持ち、
幼児期の日光での宮大工との生活に始まる日本の伝統的な
建築のありかたを肉体的記憶にもちながらも、
近代建築の洗礼を受け、その間での相克が大江の建築の根源にある。

東京大学では丹下健三と同期。

その若き大江宏が、近代建築の洗礼を受け、ガラスで外壁面を構成する
カーテンウォールを日本で最初に実現させたのが、
1953年に竣工した法政大学大学院。

続いて、55年館・58年館と竣工させ、
市ヶ谷キャンパス全体の整備が行われました。

2000年の高層棟計画の際、大学院棟は解体されました。

今回、55・58年館が取り壊しの憂き目に会おうとしてます。

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取り壊し・新築推進派の、その理由は、
まず、現在の耐震性能に問題があり、耐震性能を確保するには
莫大な費用が必要であり、また、設備が現在のニーズに対応できていない、
そして、敷地面積から割り出される床面積を、
最大限、効率よく利用するためだという。

もちろん、これを謳う裏づけとして、建築の専門家がいます。

しかし、法律で定められる、最大の床面積には、もうすでにほぼ限界。

大江宏の建築教育の思想が浸透する法政大学の建築学科には、
それぞれの分野の日本を代表するエキスパートが名を連ね、
特に構造の分野では突出しています。
丹下健三、磯崎新を支え、ぼくも教えてもらった、
青木繁先生・川口衛先生、そして、現在の構造家を代表する佐々木睦朗先生。

その世界的権威が、耐震性を確保するのに「さしたる問題は無い」と。

建築の世界でも評価の高い、建築の本来の姿を残しつつ、
耐震性を高め、設備を再考することで、リノベーションをすることは、
さほど困難なことではありません。


「大学とはどういう場であるべきなのか。」

効率や、人間の力学を学ぶことも大切であることは否定しません。
しかし、「人のこころを豊かにするために」捧げられた、
芸術として高い価値のあるものを認めようとする姿勢と、
また、「開かれた教育」を大学の指針とし、各分野にユニークな人材を輩出した
その場所で多くの議論や思想が営まれた「学び舎」の時間と記憶を、
愛おしむ心を育てなくて、何が大学なのか。


30歳で独立して以来、建築教育の現場に携わってきた人間として、
改めて問いたい。

「ここで学ぶ学生に何を伝えたいのか」

校舎再建の問題は、単なる新築かリノベーションかという問題ではなく、
法政大学がどのような大学でありたいのかを問われているのだと思う。

http://www.55-58saisei.sakura.ne.jp/

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2010.12.28

B Guest House

「Veranda glass house」に取り掛かって間もなく、
オーナーの岩本さんから、今回のプロジェクトをご紹介いただきました。

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ちょうど荘内半島の反対側。

半島からさらに瀬戸内海に伸びる小さな半島の突端。

270度瀬戸内海を見渡せる絶景の場所。

ここに、ゲストを招いて、美しい瀬戸内海を眺めながら、
お酒が飲めるスペースをつくりたいとのこと。

瀬戸内海側は、遮るものの無くガラスだけでつくりたいと思いました。

そこで、鉄筋コンクリートの構造を床・壁・屋根を「コの字」にし、
3面をガラスに。

工事費の調整の中で、鉄骨にし、角に柱を立てる案も検討しましたが、
クライアントは「やっぱり柱は無しで行きたいですね。」と。

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木々の木漏れ日の中を進むと、白い壁。

そのアプローチ側の壁を入り口と収納とし、
その中に、エアコンや流しなど。

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刻一刻と変わる瀬戸内海の情景。

一口に瀬戸内海といっても、場所によって、重なり合う島影や、
その対岸までの距離の違いなどによって、その表情はまったく異なる。

そんなことを、改めて教えてくれました。


美しい瀬戸内海の光景を切り取る至極の空間です。



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2010.11.29

Veranda Glass House

今年、年明け早々に、一本のお電話がありました。

「フィリップ・ジョンソンの『ガラスの家』つくって欲しい!」と。」

お電話の主は、ちょうど一年前に高瀬町に「house hs」が完成した際、
初めてお会いした、観音寺市と高瀬町でブティック「人形館」を営む岩本さん。
 
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大変な趣味人で、建築にも驚くほど精通しています。

その岩本さんが、「house hs」をことのほか気に入っていただいたようで、
日曜と祭日のみに営業しているカフェ「Veranda」のギャラリーに
瀬戸内海を望む、ガラスの部屋が欲しいと。

四国から北西に突き出した、浦島太郎伝説の庄内半島。
その南側、瀬戸内海に面した小高い斜面。
 
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既存のギャラリーの屋上部。
市松のパターンは、お手持ちの由良石と苔。
これは、クライアントのアイデア。

この部屋には、北欧の小振りなテーブルが置かれる予定です。

よく手入れされた樹木と、そのあいだから、
キラキラと輝く美しい瀬戸内海をお楽しみ下さい!

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2010.10.08

hair space Jaxon

観音寺市に美容室「Hair Space Jaxon」が
10月1日、オープンしました。

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今年の年明け早々のことでした。
ポリテクカレッジでの教え子から、美容室を考えている人がいるので
相談にのってあげて下さいと紹介され、計画がスタートしました。

お宅に伺うと、隣にお父さんが営む鉄工所の古い工場があり
そこの2階部分を美容室に、ということでした。
その後、計画を進めていく中で、紆余曲折を経て、
今回のテナントに入ることになりましたが、色々と家族の事情など、
お母さんと人生相談のような話しをしつつ進めました。

よくお話を聞くと、オーナーの弟さんは、ポリテクカレッジで教えていた時に、
学園祭のカラオケ大会で和田アキ子を熱唱していた藤原雅人くん。
ソウルフルな声がとても印象的で、終わった後、
どんな音楽が好きかと聞くと、「ウルフルズと和田アキ子」と。
彼らの音楽のルーツはソウル・ミュージック。
そして、君の唄は天性の黒さがある。是非、歌い続けるべきだと!

現在は、大阪で「All Swamps」というファンキーなバンドで
ヴォーカル「フィー」として活躍中!
http://allswamps.com/


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もちろん、お兄さんのオーナー藤原さんも、大のロック・ソウル・ファン。

お店の具体的な機能や仕上げなど打合せを進める中で、
「店のイメージを言葉にするとどんな感じですか?」と聞かれ、
「う~ん。ロックな感じですかねー。」と答えました。


お父さん、お母さんも本当にいい人で、
弟さんとの出会いみたいなところから始まり、
工事をしてもらった、三協ハウジングの現場監督もポリテクの教え子で、
でも、人っていうのはやはりそうやって「縁」でつながっているのだなと、
そんなことをあらためて感じた仕事でした。


完成した空間に藤原さんが「魂(ソウル)」を入れ、
訪れる人たちと「魂」が響きあう場になればと思います。


「Hair Space Jaxon」
観音寺市植田町1713-1 三協プラザⅡ 2F
営業時間 10:00-20:00(休 月曜・第2日曜)
TEL  0120-976-672

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2010.09.29

「Hair Space Jaxon」OPEN!

観音寺市に、設計した「Hair Space Jaxon」が
10月1日、オープンします!

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オーナーの藤原さんは、大のロック・ソウル・ファンで、
最初にお会いした時も、JBことジェームス・ブラウンの
Tシャツを着ておられました。

そんなイメージもあって、ちょっと悪そうな隠れ家のようでいて、
でも洗練されたいい感じの空間が生まれました。

「Hair Space Jaxon」

観音寺市植田町1713-1 三協プラザⅡ 2F
営業時間 10:00-20:00(休 月曜・第2日曜)
TEL  0120-976-672
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