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2015.09.10

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高校からの友人の住宅が完成しました。
 
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建築家の世界では、様々な謂わば都市伝説のような言い伝えがあります。
その中の一つに、このような言葉があります。

「親兄弟親戚と友人の仕事はするな」

ぼくに仕事の依頼をされる方は、ぼくの設計の考え方・方向性に共感して、
仕事を依頼していただく方がほとんどです。
しかし、「親兄弟親戚と友人」は、建築に対する考え方よりも、
その人間関係から、ある意味「仕方なく」依頼してくるので、
考え方を共有できない場合、人間関係が崩れる可能性があるので気をつけろ!
という事なのだと思います。(笑)
 
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今回のクライアントは、高松一高の3年生の時に同じクラスになり、
それ以来の友人です。
部活を引退した後、図書館へ勉強しに行くのも毎日一緒、
大学も東京と神奈川でしたから、お互いのアパートに行ったり、新宿で飲んだり、
お互いの仲間と野球の試合をしたりした友人です。
高松の繁華街に家があったせいで、学生時代の長期休暇中、飲みに出かけると、
多くの友人と彼の家で雑魚寝をしたものです。
彼は、幼い頃から獣医になるのが夢で、獣医師として働いていましたが、
数年前に、彼の祖父の代からの家業を継いでいます。

繁華街の住宅は、商店街に面した店舗の上部にあります。
会うたびに、その家をどうするのか?という話題になりますが、
昔のことなので、隣の方と共同で立てている関係上、色々と複雑なことも。

その他様々なタイミングが重なり、土地を購入し、住宅を建てることとなりました。
まずは、土地の購入から相談に乗りました。
子供たちの学校の問題から希望のエリアと予算を伺い、
数十の候補を精査し、何度も一緒に現地を訪れるも、
土地探しは、縁のもので、中々「これだ!」という物件に巡り合いませんでした。
そんな時に、「新たに売りに出された物件がある」との連絡があり、
広さ・環境・価格など、条件にピッタリの土地で、即決を勧め、
そして、この敷地での計画が始まりました。

由緒ある高松讃岐藩の氏神様である石清尾(いわせお)八幡宮への
参道である八幡通りに面した敷地。
両サイドは、かつての通りの趣を残す、戦後の伝統的木造建築の家屋。
南側の道路は、車がすれ違えない生活道。
 
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まずは、南北に長い敷地に対して、以下の考え方は、計画をスタートする時点で共有していました。

○外に閉じて、中庭に開く。
○北側の八幡通りにガレージと玄関のアプローチ。
○1階 中庭の南側に北向きのリビング。

○1階南側道路からお母さんの出入り口。
○1階に水回り。
○2階に寝室。

南側に開かないリビングは、落ち着いたとても良い感じにすることが可能ですが、
少し「暗い」と思われる可能性もあるので、そのあたりの説明は丁寧にしました。

当初、「リビングを中庭に開いて吹抜けに」という要望でしたが、
2階リビング案も含めて検討を重ねるうちに、最終プランに落ち着きました。
 
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そして、リビング部分の床を少し下げました。
リビングの床を下げると、その部分だけ天井が高くなり、床にくぼみができることで、
その部分だけ、ゆるく囲われた快適性が生じます。

リビング上部の2階の部分を南側にセットバックさせることにより、
リビング北側の中庭に光が届き、開放感を持たせました。

プランは、敷地の制約が多い分、各室の関係はすんなり決まって行きました。
 
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クライアントである友人も、奥さんも建築・インテリアに関心が強く、
自分たちの住宅建設に向けて、多くの建築を雑誌やインターネットで
勉強していましたので、各部屋の窓の開閉方式に始まり、
手すりの形状、収納スペースのレイアウト、使用材料からその細部にいたるまで、
具体的な事例を基に、こと細かな要望が出されました。

ぼくは、基本的にクライアントの要望はすべて適えたいと思っているので、
とにかくすべての要望をまずは伺った上で、そのそれぞれの要望を、
建築トータルでバランスよく調和がとれるという点から、
「そういう方法も理解できるけれど、今回の場合は、○○との関係から、
ここはこう考えた方がいい」と、思い切ってあきらめるよう助言することもあり、
そうした場合、最初は、戸惑いや、さらに言えば
すんなりうなずかないぼくに不信感もあったようですが(笑)、
彼らが、ぼくの言葉を基に自ら検証するうちに、納得してもらえることがほとんどでした。

そうなってくると、あれこれ細かなところまで自分で考えたいクライアントも、
徐々に「林がそこまで考えているのなら、そうしよう!」と、
大きく信頼してくれるようになりました。(笑)
「友人」という関係から、「クライアントと建築家」という信頼関係が生じたのです。

あれこれ考えるのが好きなクライアント夫妻から、
これまでに取り組んでいないリクエストがいくつかありました。
 
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まずは、ガラス・ブロックです。
ガラス・ブロックに関心を持たれるクライアントは多いのですが、
予算の都合で選択肢から外れることがほとんどです。(笑)
建築の勉強を始めたころ、ピエール・シャローの「ガラスの家」の
ガラス・ブロックの淡い光の空間に魅せられ、興味のある素材でした。
ただし、ガラス・ブロックは、そのサイズと種類を的確に選択している建築が
そう多くないのも事実です。
ここでは、ガレージとホワイエの境壁に使い、リビングから中庭越しに見える
背景として使用しました。
そして、ガラス・ブロックのサイズと目地から天井高さ、床材の割付、
開口寸法などがオートマチックに決まりました。

ガラス・ブロックは、ガレージの内部を透過せずに、
中空の内部で、自ら取り込んだ光をやわらかく放出します。
 
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アプローチからホワイエと続くスペースの天井を何か工夫してほしいとのことで、
八幡通りに残る、この場所の空気感を生んでいる家屋の、
格子のスケールのルーバーで、天井を構成しました。

また、奥さんは家具や家電にも関心が強くダイニング・テーブルと椅子、
その上部のペンダントの照明器具は、消費税の問題もあり、建設前に購入しました。

建築のスケール感に、家具を合わせるのは簡単ではありませんが、
今回は、先に家具が決まって、それに合わせてリビング・ダイニング・キッチンの
細かな寸法を決めるという作業になりました。
 
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住宅の中で、最も使用頻度の高いものは冷蔵庫です。
生活導線、家事導線のポイントになりますが、どんな冷蔵庫も
生活感が出過ぎてしまうのが難点で、冷蔵庫を見えにくく、
かつ、使い勝手の良い位置に配置するのに腐心します。
今回は、ワイン・セラーを内蔵した冷蔵庫をあえて、正面から見せています。
シンクと作業台の仕上げをステンレスとし、レンジフードとともに、
家具のウォールナットとトータルでバランスさせています。
 
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そして、中庭の樹木です。
計画の中で、樹木についてのやりとりは必ずあります。
多くのクライアントは「水をやらなくて、葉が落ちない、大きくならない」
樹木を望まれますが、そんな樹木はありません。(笑)
今回、住宅全体をゆるやかに結ぶ「中庭に、樹木が欲しい」と。
加えて、アプローチからのアイストップとして、リビングが見えすぎないような装置として、
樹木を植えることを決めました。
造園屋さんの畑に、クライアント夫妻と樹を選びに行きましたが、
広大な畑の中では、スケール感をつかむのが難しいのですが、
壁際に植えるため半円形の樹形で、2階の手すりを少し超えた高さのものを選びました。
現場に植込みの日、会議で少し遅れて到着すると、最終位置を決めかねているようで、
少し壁側に倒して角度を指示し、決定しました。

北向きのリビングにやわらかく光を反射させながら、
中庭のスケール感の中で、控えめに主張しています。
これから、この樹の成長が、どう空間に影響するのか見届けたいと思います。
 
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とにかく、様々な要素と要望があり、新たにトライしたこともたくさんありましたが、
それぞれのバランスが調和した、とても上品な建築になりました。

そして、高校時代からの友人関係を壊すことなく、
さらに信頼関係を深める仕事になったのではないかと思います。(笑)

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2015.09.04

「球けがれなく 道けわし」

「球けがれなく 道けわし」

高校球児の熱い夏が終わりました。

娘が少年野球のチームに入り、チームの事情で、2年間、
娘より1・2才年上の子たちのチームのヘッドコーチを務めました。

その時の子供たちが、高校3年生となり、今年は高校野球最後の夏でした。
 
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初めてユニフォームを着て、チームで野球をする時から知っている子供たちが、
初めて試合を経験するときから知っている子供たちが、
高校3年生として迎える最後の夏は、特別な時間でした。
 
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身体はすっかり大きくなりましたが、立ち姿や仕草は面影があり、
バットを振る姿、捕球姿勢、球の投げ方はあの頃のままです。

野球が大好きで、いろんなことはあるけれど、
ひたすらに野球と向かい合ってきた彼ら。

高校野球は、ひとつの大きな区切りであることを実感しました。
 
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ヒロキは、小学校の時からとにかくどんくさい子でした。(笑)
けれども、誰よりも野球が大好きで、誰よりも努力する子でした。
毎日走り、素振りをする。
結果はなかなか出ないけれど、野球に真剣に取り組む姿勢が
チーム全体に行き渡っていたのは、ヒロキのお陰です。
高校では、外野手となり、守備もバッティングも成長し、
昨秋に会った時には、うれしそうに「最近はレギュラー組で使ってもらっています!」と。
春の大会でもベンチ入りし、誰よりも声を出していました。

そのヒロキは、夏の大会、ベンチに入れませんでした。
意気消沈したヒロキは、「受験勉強に専念したい」と、
グランドに出てこないことを監督に告げたようです。
しかし、いつだってみんなを勇気づけてきたヒロキは、
応援団長をすることを買って出て、
最後の夏は、スタンドから声を枯らして仲間を応援しました。
 
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みんながみんな、レギュラーで活躍してほしいけれど、
そうじゃなければ意味がないのでは困ります。

「野球をやることによって、何を学ぶことができるのか」

野球というスポーツは、常にこのことを投掛けてきます。

ヒロキの野球に対する姿勢は、レギュラーで活躍することよりも、
多くのことを学ばせてくれました。


小学校5年生になる直前の春休み。
近くに引っ越してきたばかりのイッキは、弟とともに、
荷物の中から取り出したばかりのグローブをもって、
普段着のままグランドに走ってきたその姿が、
昨日のことのように思い出されます。

華奢だけど、肩周りの関節の可動域が広く、
スピンの効いた良い球を投げるので、ピッチャーをやらせるも、
体幹が弱くてコントロールが安定せず、
四球の連続で、冷や冷やしながら観ていました。(笑)
そんな彼も、中学ではエースとして全国大会にも出場。
高校では、内野手と2番手投手。
最後の夏は、初戦に登板し好投しました。
 
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この夏は、すべての選手の試合を観ると決めていましたので、
お父さんたちに、観戦報告のメールをしていました。
みなさん、それぞれに灌漑深いものがあるようで、
試合後の報告をいくつかいただきました。
 
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イッキこと岩井一起くんのお父さんから。
ジャガーズゆかりの皆様、こんばんわ!

岩井です。昨日296kmを走破し、無事に周南市にたどり着いています。さすがに今日の仕事はヘロヘロでした。

林さん、ジャガーズ卒団生の高校野球手記ありがとうございました。毎回、楽しみに拝見させていただきました。

昨日、自宅に帰ると一起が既に帰宅していました。いろいろな想いはあるのでしょうが、意外に明るい感じでした。そして、おもむろに「キャッチボールしよう!」と言いだし、「?」と思いながら外に出ました。キャッチボールしながら、一起が一言「衰えたな!」、私が「うるせー」。

そして一起が「8歳から、野球やっとる。10年間ありがとな」。

心に染みました。
一起の野球が終わったということが実感としてあふれてきて

「長かったな」と言うのがやっとでした。
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球ぐらいのキャッチボールを終え、そそくさと帰り仕度をし、旅立ちました。

帰りの道中、一起との野球を回想しながらジャガーズ最高だったなと思い、またみなさんと出逢えて私も一起も幸せだったなと思う3時間20分でした。

ありがとうございました。また、飲みましょう!


キャプテンだったトモこと小澤智大くんのお父さんから。
林コーチ殿

お疲れ様です。一高応援ありがとうございました。

一起のような洒落た感謝の気持ちは、うちにはありませんでしたが、智なりに成長しました。(中略)

智は、昨日私たち両親に向かい、「ありがとうございました」と残し、打ち上げに繰り出していきました。

私も、昨夜大阪に🚌移動しましたが、恥ずかしながら妻当てに送ったメールを転送させて頂きます。林コーチ、本当にありがとうございました。

そして、夏の夕日を感じながら、ジャガーズ選手達の親達が集まったレグザムスタジアムを後に、皆様に感謝申し上げます。

是非、🍺開催したいと思います。

誠に勝手ながら今週末は仕事の関係で戻りませんので、改めて日にち設定させていただきます🍀

 

🚌乗ってから小学校の時、ジャガーズ入った頃からのこと思い出してきました。背が低かった智が、選手宣誓しました。また、智を厳しく叱り叩いたことなど、これは今になってみれば反省しています。

中学時代、私のアップシューズを公園に履いていき、金ちゃんたちに遊びがてら靴を投げられたことを泣きながら話したこと、高校合格発表の時の喜びなど😄

入学してからは、やはり1年秋出させていただいた大会が勇気を与えてくれました。ちょうど転勤のタイミングだったからあいまって素晴らしかったです⚾

まあ、林さんチックになるのでこの辺でやめますが、我が子ながら身体も気持ちも大きく強くなりました。

我々親は、幸せですね。

智に、改めて、良く頑張った、ありがとうと言っといてください。


ユウキこと奥田悠揮くんのお父さんから。
お疲れさまです。週末、うどん屋で一杯の生活に戻る奥田です
😜

終わりましたね😌でも、ほんとに、ジャガーズ時代から高校野球まで、楽しませてもらいました😌僕自身は、今の気持ちとしては、感謝しかありません😉

みんな、気迫溢れる全力プレーを見せてくれました。感動して、何度もウルウルしてました😄💦ひろきの話も知りませんでしたが、ひろきは、やはり、最高に男前だと思います😁こうきも、試合は見てませんが、一生懸命な姿が目に浮かびます😌

みんながそれぞれに、精一杯を尽くしたと思います。ジャガーズのみんなが、高校まで野球を続け、それぞれに活躍出来たのは、ジャガーズ時代に野球の楽しさや基礎となる技術を教えてもらったからだと思います😌

愛情を持って、熱くご指導いただき、林さんには、本当にありがとうございました😉

今後、みんなが、どんな大人になっていくのか楽しみです✌しばらく、様子をみていきたいと思います😁


高校まで野球を全うするという事。
高校まで野球をやり遂げるという事。

選手も親も、それぞれに感慨深いものがある。
ぼくも、それをしみじみと感じた熱い夏でした。
 
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野球に対する無垢な情熱があっても、
その道はとても簡単ではありません。
しかし、その過程で学ぶものは計り知れず大きいのです。

「球けがれなく 道けわし」

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