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2011.05.24

「瀬戸内国際芸術祭2010」作品記録集

昨年行われた「瀬戸内国際芸術祭2010」の記録本が
閉幕より半年を経て出版されました。

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この本には、本当に美しい瀬戸内の島々の風景が豊かに
芸術祭と作品と人とともに、多彩に切り取られています。

ゆっくり走るフェリーから見る瀬戸内海。

ゆっくりとした時間が流れる島の風景。

この本に寄せられた芸術祭の総合プロデューサー福武総一郎さんの
言葉の中に、こうあります。

『「幸せな場所」とは人生の達人であるお年寄りの笑顔が溢れている

場所であり、芸術祭とは「幸せとは何か」を追求し考える場所であり

その実践の場であると思っています。』


まさに、そうした「幸せ」を紡いだ場面が記録されています。


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本のカバーをめくると、焼失した大岩オスカールさんの
ぼくが担当した「大岩島」の作品が表紙となって現れます。

ちょうど一年前は、開催に合わせて、まったなしの作業が
複数同時に始まる、そのスタートの時でした。
そして、もう2年後にはまた、始まります。

でも、もう少し、現実に起こった「幸せ」を、
思い出し、噛みしめ、反芻したいと思います。

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2011.05.23

「玉楮象谷」

集合住宅「unite」のクライアント、詫間町の香川さんから
お電話をいただきました。

「象谷の器を手に入れたので、それを飾りながら使える家具を
 考えて欲しい」と。

江戸末期、讃岐漆芸の礎を築いた玉楮象谷の作品を手に入れたので、
それを収納しながらテーブルとして使える家具を考えて欲しいと。

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当初は、家具をガラスでつくり、作品を天板の下に飾ろうと、
そう思ったのですが、漆の繊細な表情を見せるのには、
ガラスだけでは、抑揚が無さ過ぎると思い、
黒い箱に、作品を置き、ガラスのボックスで覆うことにしました。

黒い箱とガラスのあいだで、作品の表情が際立って見えます。

ご自宅は、女流建築家の先駆者、林雅子さんの設計で、
香川さんは高校生の頃「モダン・リビング」で林さんの住宅を見て以来、
お願いしようと思われていたほどの建築通。

近代的な中にも、日本建築の持つ特有の陰影をつくり出す住宅は、
静寂と深さを、生活の中に与えてくれます。

そこかしこに置かれた美術品の中に、今回の家具が加わりました。

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2011.05.12

GLOVE

先日、新居浜の「フクヤスポーツ」で購入した、娘のグラブが届きました。

「久保田スラッガー」のグラブは、購入後すぐに使えるように、使用する人の好みに合わせて、「湯もみ型付け」という作業をしてくれます。

ですが、その作業の腕前にはやはり差があり、新居浜の「鉄人」は、
文句なしに上手なのです。

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「湯もみ型付け」は、まず土手の紐をほどき、捕球面と手のひら面の2枚の皮をフィットさせるグリースを調整し、お湯につけ、好みに合わせてかたちを整えながら、必要な部分を揉んだり叩いたりして、らやわらかくしていくのです。

どのようなかたちが好みかというのはポジションなどもあり千差万別ですが、
ポケット、つまり捕球面をどのようなかたちにするのかということに尽きます。

軟式用とソフトボール用は兼用なので、ソフトボール用にポケットを広くということと、ピッチャーをするということでお願いしました。

野手のグラブは、手のひらで球を掴むように捕るかたち、親指と小指がつくように、「U字型」にしますが、ほとんどのピッチャーは、投球の際にグラブをつぶすように力を入れるので、ジャンケンの「グー」のようになり、それにあわせて、親指と薬指が合うように型をつけます。

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しかし、娘は基本的には野手だし、ぼくもピッチャーをしますが、上原投手のようにグラブはつぶさないので、野手用に型を直しました。

土手の紐は、通常/方向に閉じますが、よく開くように逆に閉じます。

そして、その上の「Slugger」の文字に掛かる横の紐は不要なので抜くのですが、投手の場合は型崩れを防ぐためにあってもよいとのことで、残してもらいました。

「鉄人」は、「久保田スラッガー」の最大の特徴は「軽い」ということで、ポケットにしかオイルを塗らず、「足らないくらいでちょうどいい」と言います。

ぼくは、退色と皮の保護のために全体に薄くオイルを塗り、特に痛みやすい指先とポケットのボールの擦れやすい場所にも塗ります。

もうひとつ「久保田スラッガー」のグラブの楽しみは、ラベルを自分好みのものに変えられることです。小学校の時に使っていたグラブのラベルは、シルバーのベースに水色のもので、西武の中島選手が使用していたものでしたが、中学生以上になると規則が厳しくなり、投手は、白やシルバーの色が入ったものは使えないので、迷った挙句、写真のラベルにしました。

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イチロー選手は、グラブを大切にすることに関してこう言っています。

「野球が上手になるためには、道具を大切にすることです」

「手入れしたグラブで練習したことは、体に、かならず残ります。
 記憶が体に残ってゆきます」

大好きな先輩達とプレーできるのも、残すところたった2ヵ月。

グラブと仲間を大切にして、思う存分いい思い出をつくってください!

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2011.05.10

天皇陛下のお言葉

Wikipediaによると、天皇とはこう記されています。
「天皇(てんのう)とは、世襲により継承される、日本国の象徴及び
 日本国民統合の象徴であり(日本国憲法第1条、第2条)、歴史的には、
 古代から世襲により受け継がれた日本の君主である。今上天皇
 (現在の天皇)は第125代天皇である明仁(在位:昭和64年
 (1989年)1月7日 - )。」

その今上天皇は、今回の東日本大震災に大変こころを痛められ、
多くの避難所に出向き、被災された方々に直接声を掛けられています。
声を掛けられた人々は、一様に涙し、感謝し、勇気付けられています。



震災後、計画停電が発表されると、もちろん計画実施区域から
除外されている皇居に留まりながら、「第1グループ」であるとし、
その時間にはブレーカーを落とし、暖を取るように勧められても、
「厚着をすればだいじょうぶです」と、その状況にある人と、
同じ生活をすることを希望されたようです。

冒頭の日本国憲法に定められた条文を目にしたのはいつのことだか
定かではありませんが、高度経済成長からバブル経済へと、
右肩上がりの経済の只中で育ちながら、古き善き「日本人」としての
立ち振る舞いや精神性が薄れていくことに辟易していた若き日のぼくは、
その責任の一端は、第2次世界大戦がどういうものであったのか
ということを、うやむやのままにしているところにあり、
そうさせているのが戦前の最高権力者でありながら、
責任を取るわけでもなく、「象徴」としてある「天皇」という存在だと、
かなり否定的に捉えていました。

しかし、戦争責任に関しては、詳しい状況を学ぶほどに、
ぼくの無理解であることがわかりました。

そして、年齢を重ねるごとに、思慮深く「天皇」という立場を鑑みると、
まさに、その存在そのものが「日本国」のそして、「日本国民統合」の
「象徴」であらんとされる、その姿勢に心を打たれます。

殊に、阪神大震災時に続いて、今回の震災に対する陛下のお心遣い、
被災された方を、日本を勇気付けられようとする立場に徹底される
そのお姿に、「日本人らしさ」を見ます。

恥ずかしながら、先日まで知りませんでしたが、

天皇陛下は3月16日、東日本大震災の被災者や国民に向けた
ビデオメッセージを発表されました。
陛下がビデオでお気持ちを述べられるのは初めてであり、
第2次世界大戦終了時の玉音放送に続くものだとも言われています。

日本国民を勇気づけるための、あたたかいお言葉の全文は次の通りです。


 この度の東北地方太平洋沖地震は、マグニチュード9・0という例を見ない規模の巨大地震であり、被災地の悲惨な状況に深く心を痛めています。地震や津波による死者の数は日を追って増加し、犠牲者が何人になるのかも分かりません。一人でも多くの人の無事が確認されることを願っています。また、現在、原子力発電所の状況が予断を許さぬものであることを深く案じ、関係者の尽力により事態の更なる悪化が回避されることを切に願っています。

現在、国を挙げての救援活動が進められていますが、厳しい寒さの中で、多くの人々が、食糧、飲料水、燃料などの不足により、極めて苦しい避難生活を余儀なくされています。その速やかな救済のために全力を挙げることにより、被災者の状況が少しでも好転し、人々の復興への希望につながっていくことを心から願わずにはいられません。そして、何にも増して、この大災害を生き抜き、被災者としての自らを励ましつつ、これからの日々を生きようとしている人々の雄々しさに深く胸を打たれています。


自衛隊、警察、消防、海上保安庁を始めとする国や地方自治体の人々、諸外国から救援のために来日した人々、国内のさまざまな救援組織に属する人々が、余震の続く危険な状況の中で、日夜救援活動を進めている努力に感謝し、その労を深くねぎらいたく思います。

今回、世界各国の元首から相次いでお見舞いの電報が届き、その多くに各国国民の気持ちが被災者とともにあるとの言葉が添えられていました。これを被災地の人々にお伝えします。

海外においては、この深い悲しみの中で、日本人が、取り乱すことなく助け合い、秩序ある対応を示していることに触れた論調も多いと聞いています。これからも皆が相携え、いたわり合って、この不幸な時期を乗り越えることを衷心より願っています。

被災者のこれからの苦難の日々を、私たち皆が、さまざまな形で少しでも多く分かち合っていくことが大切であろうと思います。被災した人々が決して希望を捨てることなく、身体(からだ)を大切に明日からの日々を生き抜いてくれるよう、また、国民一人びとりが、被災した各地域の上にこれからも長く心を寄せ、被災者とともにそれぞれの地域の復興の道のりを見守り続けていくことを心より願っています。

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