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2011.04.29

ある日曜日

中学に入学した娘は、ソフトボール部に入ることにしたようです。

小学校時代に使っていたグラブはもう限界。

ということで、新しいグラブを新居浜まで買いに行くことになりました。

そして、その日曜日。

朝は、7時から、ぼくの中学の同級生のソフトボールチームSOXの
練習にふたりで参加するために6時に起床。

朝ごはんを食べてから9時まで練習。

帰り際に、「お腹すいた!マック行こう!」。

いやいや、さっき食べたばっかりでしょう!ってことで、
渋々、コンビニで3個入りのクロワッサンと「ドライブの友」プリッツ!

帰って、着替えて、10時前に家を出て、高速で新居浜まで。
もうすでにクロワッサンは食べ終え、丸亀あたりでプリッツも終了!

善通寺あたりでおやすみ~!(笑)

11時過ぎに新居浜市街へ到着。

「先にお昼食べよー!」って、さっきまで食べてたじゃん!(笑)

でも、目的のお店は11時30分開店なので、先にグラブ。


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お目当ての「久保田スラッガー」は、買ってすぐに使えるように、
「湯もみ型つけ」をほどこして、好みのかたちにしてくれます。

しかし、それをする人の技量で、まったく違ったものになりますが、
「フクヤスポーツ」の「湯もみの鉄人」は掛け値なしに上手い!

だから、わざわざ新居浜にグラブを買いに来たのです。

ソフトボールなので、やや大きめの、松井稼頭央が西武時代に
使用していたモデル「L7」にしようと事前に話をしてましたが、
それよりもひと回り小さい「L7S」が気に入ったようで、それに決定!

これは、ぼくが使用しているのと同じモデル。
ちなみに、ぼくはそれ以外に、同じく松井稼頭央がメッツ時代に

セカンドを守ることとなり使用したモデル「25SE」を使用しています。

「湯もみ」の際は、土手の紐を解いて、手のひら面の皮と捕球面の皮を
馴染ませるグリースを調整し、土手の紐をグラブが開きやすいように
逆に閉じます。

ポケットは深めのグラブですが、ソフトボールに合わせて、
ややポケットを広くしてもらうようにお願いしました。

そして、目的のレストラン「ラ・マテリエ」へ。

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来る料理をあっという間にたいらげ、丸亀のMIMOCAへ。

「杉本博司展」を観て、大好きな「リーブ21」で写真。

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そして、お目当ての甘月堂の「イチゴ大福」!

悩んだ挙句、4個購入も、車に乗ってから、「写真!」と思って
隣を見た瞬間、あと一口の状態!

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帰りは、「スーパーきむら」で豚肉を買って、夕食をつくってくれました。

それも、5時には食べ終え、仕上げのアイス!


久しぶりに、娘と一日一緒でしたが、まあ、よく食べます!(笑)

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2011.04.20

「タケノコ」の不思議

「タケノコ」を食べるのは、好きですが、
「タケノコ」をどう考えたらいいのか、今ひとつ釈然としません。

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どの食べ物にも「旬」すなわち「食べ頃」というものが存在しますが、
それは「よりおいしく」食べるタイミングのことで、
「タケノコ」のように、その期間を逃すと、食べることすら不可能
という食材を他には知りません。

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植物は、大別すると「木」と「草」に別けられます。
でも、「竹」は、学術的にも、
ハッキリとどちらかだとも言えないようです。

「竹」は、生まれたほんの一瞬は、「タケノコ」として
食べることが可能なほど軟らかいのですが、
その後は非常に堅くなり、加工して使われたり、木材資源の減少した今、
野球の硬式用のバットに用いられるほどです。

その生態も不思議で、速い時は、一日に1mも成長します。
花が咲くと一斉に枯れるという特性があるようですが、
その周期は60年から120年と言われています。

こんな植物、他には知りません。

そして、他の植物には無い、静謐さと儚さを感じさせてくれます。

考えれば、考えるほど不思議な植物です。

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2011.04.18

哀愁の「麻婆丼」

先日、中華屋さんで、何気なく頼んだ「麻婆丼」。

もうかれこれ20年食べていないことを思い出しました。

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大学入学と共に、東京で、ひとり暮らし。

小学校の時から、インスタント・ラーメンに野菜を入れたり、
玉ネギとツナを入れ、カレーパウダーで味付けしたピラフをつくったり、
はっさくやりんごなどを包丁で剥いたり、
そもそも自分で料理するのは嫌いではありませんでしたから、
ひとり暮らしと同時に、基本的には自炊しました。

2年生になって、弟が上京。
ふたりでの共同生活が始まりました。

弟は、洗濯はもちろん、お米を炊くこともできず、家事はゼロから。
洗濯と洗物は弟の担当で、食事の用意はぼくの担当でした。

ふたりは運動はやっていませんでしたが、まだまだ食べ盛り。
一食に、3合のお米を炊き、後は安価でお米の進むおかずが必要!
しかし、そんなに手の込んだものはしません。

週に4日は、ホット・プレートで、鳥の胸肉を一枚ずつ、もしくは、
荻窪駅近くのコープに売っていたちょっと大き目のハンバーグを、
キャベツともやしを炒めながら、焼肉のタレでいただく。

そして、週に2日は、もっとも手抜きで、麻婆豆腐のもとに、
大量の豆腐を入れて、ご飯にかけるだけの「麻婆丼」。

まずくは無いけど、「美味い!」って喜びも無く、
ひたすらに、腹を満たすのみ。

弟は、「麻婆丼」が苦痛だったらしく、何度も「え~!また、麻婆丼~!」
と言ってしまい、ぼくに激しく叱責されることしばし。

そんなこんなで、兄に虐げられていると感じた弟は、
ぼくたち兄弟の関係を「家庭内奴隷制度」と呼んでいました。

弟が卒業するのを機に、「奴隷解放宣言」し、
近所でそれぞれひとり暮らしをしましたが、
それ以来、ぼくも「麻婆丼」を口にすることはなかったのでした。

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2011.04.08

入学式「新入生誓いの言葉」

今日は、娘の中学の入学式でした。

その式の中で、「新入生誓いの言葉」を娘が言うことになりました。

選抜甲子園での、創志学園高校の野山慎介主将の魂のこもった
素晴らしい選手宣誓を一緒に見ていたので、
東日本大震災のことも自分の言葉で言いたいと。

数日前に、中学の先生と、事前の打合せ。

自分で文章を考えそれを持っていったところ、
これまでは、雛形があり、それを参考にして言葉をつくっていたようで、
しかも、事前に書いてきた人はいなかったみたいです。

震災についても触れたいことを伝え、
娘の書いたものがほぼ採用されたようです。

中学の3年間は、からだもそうですが、大人へとこころが一番成長する、
だからこそ、ぼくの中ではもっともしんどかった3年間でした。

みんなの前で誓ったように、一日一日をしっかりと
生きていって欲しいと思います。

親として、娘の成長を、何気ない日常にある、
ありふれた幸せをしっかりと見つめながら、見守りたいと思います。

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「わたしは、中学校に入学するのが楽しみでした。
 でも今日は、ただ嬉しいだけではありません。

 3月11日。
 未曾有の大震災が東日本を襲い、多くの尊い命が奪われました。
 今でも、学校に行きたくても行けない人や、
 自分の家に住めない人など、
 たくさんの人が、苦しみ、悲しんでいます。
 報道されている様子を見て、自分のことだと思うと
 悲しくてたまりません。
 
 そんな中でも、被災された人たちが、混乱することなく、
 感謝の気持ちを持って生きている様子は、
 人がひとりでは生きれ行けないこと教えてくれます。
 
 だからこそ、私たちが、生かされている人間としてやるべきことは、
 一日一日を、しっかり生きて行くことだと思います。
 学校での勉強・部活動・学級活動を精一杯がんばり、
 知識・体力・判断力を備え、信じあえる仲間を増やし、
 能力と仲間で、日本を支えて行ける立派な大人になりたいと思います。
 
 精一杯がんばって行きますが、つまずいた時は、
 先生方、先輩方、アドバイスをよろしくお願いします。

 この太田中学校での3年間を、
 一日一日充実したものとすることを誓います。

 平成23年4月8日 新入生代表 林 深音」

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2011.04.06

岡本太郎 生誕百周年

今年は、生誕百周年ということで「カーサ・ブルータス」でも
特集が組まれており、再評価される契機となりそうです。

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ぼくの、最初の岡本太郎の記憶は、大阪万博の「太陽の塔」です。

1970年当時、3歳でしたが、日本中が大阪万博に熱狂し、
そのシンボルとして何度も何度も映像で映し出されたのが「太陽の塔」。

2歳の弟を母方の祖母に預け、親戚数家族で出かけたことを
鮮明に覚えています。

ちなみに、つれていかなかったというと面倒なので、
弟も一緒に行ったことにするようにと、口裏を合わせました。

おじさんが迷子になり、手分けして探すので、ここから動かないように
と言われた場所は変わった噴水のある池の前で、それがイサム・ノグチ
さんの仕事だと知るのにはそれから20年を要しました。


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次の記憶は、「近鉄バファローズ」の帽子。
当時は強かった近鉄!オープン戦で、今はなき高松中央球場にも来ていて、
ユニフォームも個性的で、特に帽子はかっこよかった!


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そして、「グラスの底に顔があってもいいじゃないか!」というCM。
1976年だから10歳の時。
ウィスキーのノベルティ。

その後は、「芸術は爆発だ!」など、目をひん剥き、おかしな動きで、
ユニークなコメントをする変なゲージツ家として扱われる、
バラエティ番組の岡本太郎。

大学入学後、少しずつ彼の仕事を体系的に知る。

プリミティブ(土着的)と表現すればいいのか、
「洗練」とは対極にあるエネルギーに溢れる作品。

イサム・ノグチさんも、同じ方向性の作品をつくり出しますが、
もっと「まろやか」な印象を受けます。

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しかし、あるレベルに達した芸術家としては、
傑出して大衆に愛され、親しまれたことは確かで、
それは、「芸術を大衆の手に」と願っていた彼の
望むところであったのだと思います。


ぼくが、岡本太郎の仕事で驚かされたのは、
「沖縄文化論 忘れ去られた日本」です。

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フランス留学時、それまでに感じていた「何のために絵を描くのか」といった美や芸術、自己に対する根本的な問いや、既成芸術への疑念を追求するべく、パリ大学のマルセル・モースのもとで、哲学・社会学・精神病理学・民俗学などを学んだ彼は、その民俗学的な鋭い視点から、近代化の過程で忘れ去られた日本の、プリミティブな力と魅力が残る沖縄の文化の持つ本質を浮かび上がらせています。
論理的、そして体系的に整然とつづられるその文章に、ハチャメチャでデタラメとさえ思われる、それまでに知る「岡本太郎」象が完全に変わりました。

岡本太郎のどの作品よりもぼくのこころの奥深くに届きました。

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2011.04.04

「杉本博司 アートの起源 ❘ 建築」 対談 谷口吉生

丸亀猪熊弦一郎現代美術館では、一年間にわたり、
杉本博司の展覧会を開催しています。

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3月6日からはタイトルのように「建築」。

杉本さんは「写真家」ですが、主に写真を媒介にしたアーティスト、
と表現した方がよさそうです。

アメリカ自然史博物館のジオラマが、肉眼だとつくりものとわかるのに、
カメラを通すと遠近感が失われリアルに見えるという現象を捉えた作品。

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直島にある、上に「白」、下に「黒」と、同じものに見えるが、
近づくと海である作品。

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東大総合研究博物館に所蔵の、19世紀後半から20世紀初頭にドイツでつくられた、代数幾何学・微分幾何学がつくり出す3次元模型。

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一本の映画をレンズを開放し、劇場内部を映し出す作品。

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直島の護王神社。

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今回の「建築」というテーマでは、近代建築の代表作品を、
焦点を無限遠の2倍に設定し、強制的にぼかされた作品が
いくつか展示されています。

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これは、とても不思議な作品で、遠くはなれてみるほど鮮明に見え、
ある程度近づくと、エッジがぼやけ、3mよりも近づくと、
もう、何だかの判別が出来なくなります。

いずれも、人間の視覚のもつ特性を利用した作品で、
「概念」ではなく「現象」として立ち起こってきます。

そういう意味では、ジェームズ・タレルとも共通したものを感じます。

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今期のテーマが「建築」ということで、
美術館の設計者 谷口吉生さんとの対談がありました。

普段、専門誌への言論の露出が少ないふたりの、珍しい組み合わせの対談とあってか、午後7時開始に際して、午後2時の整理券配布開始時に、
100名は並ぶという、盛況振りでした。

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杉本さんが谷口さんに投げ掛け、応えるというスタイルでしたが、
予定時間はあっという間に終了しました。

建築家 谷口吉郎を父に持つ、保守本流の谷口さんと
アートの側から建築へと接近する杉本さんのやり取りは、
それぞれの「建築」に対するスタンスの違いが如実に現れたものでしたが
「建築」への接近途上の杉本さんが、建築家として
谷口さんの建築に対するアプローチを模索するものでした。

「敷地に建築がどうあるべきなのか」、また、「建築はよい空間をつくることが最も大切で、そのために法規・構造・素材といった制約をどのように凌駕するのか」という、谷口さんの建築に対するアプローチにシンパシーを感じました。

「写真」と「建築」の本質的な共通点は、「光」をどう現象させるのか
だと考えています。光の量がゼロでは、素材どころか空間さえ認識することが不可能で、また、光がある一定の量を超えるとホワイトアウトします。つまりどちらも、つくろうとする空間に適した光の量と質を見出し、実際に現象させることが深く結びついている点だと考えています。また、「写真」はある特定の限られた時間を切り取るものですが、「建築」は、それが存在し続けるあいだの継続的な時間を考えないといけないということが、両者の差異だと考えています。

谷口さんの建築と杉本さんのアートワークの根源的な共通点は、その「光」の現象のさせ方そのものにあると思うのですが、残念ながらそのことには触れられませんでした。

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