「何苦礎魂」岩村明憲
野茂以降、たくさんの日本人選手がメジャーへ移籍したが、
存分に力を発揮している数少ないプレーヤーである。
シュアーな打撃はもちろんのこと、球団の事情により
3塁からより動きの複雑な2塁を守ることになっても、
難なくこなすほどの身体能力の高さを誇り、
昨年は、弱小球団のレイズをワールド・シリーズへと導き、
今年のWBCでの活躍も記憶に新しいところである。
「何苦礎魂」は、本人のブログのタイトルやグラブに刺しゅうしたりと、
岩村選手が座右の銘としている言葉。
これは、ヤクルト時代の恩師 中西太氏から送られた言葉で
「何事にも苦しむことが礎(いしずえ)となる」の意。
その中西太さんはぼくの母校 高松一高の大先輩である。
高松市立唯一の高校であり、高松市と姉妹都市である
セントピーターズバーグとは、教員と学生の交流があり、
だから必ず一人は米国人の先生や生徒がいたし、
先生や学生の誰かが留学に行っていた。
そのためか、ぼくの在学中に国際英語コースなるものが出来たりしていた。
ところが、ここ数年の不況のあおりからか、セントピータズバーグ市の
資金難から、派遣交流が存続の危機となった。
そこで救いの手を差し伸べてくれたのが岩村選手であった。
彼の所属するレイズがセントピーターズバーグにあることに加え、
宇和島市出身の岩村選手にとっては、同じ四国であり
恩師 中西太氏の出身地である高松との交流事業であることから
協力することになったのだろう。
外見から、やや派手な印象のある彼であるが、
堅実な守備、高い走塁への意識、チームへの貢献を主眼とする打撃、
チーム内での自分の役割の実践など、実に真摯でひたむきな人間である。
今回のことに限らず、そして生まれ育った故郷にとどまらず、
社会貢献への意識は非常に高い。
そんな岩村選手が、レイズを離れピッツバーグへと活躍の舞台を移す。
だから、仮に支援を中止しても、誰も彼を責めることはできない。
そうなったとしても、決して彼への恩を忘れることなく、声援を送りたい。
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