がんばれ、ノリ!
父方の祖父の名は、幸三郎。
伯父は、幸治。父は、幸信。叔父は、幸義。
ぼくは、幸稔。弟は、幸靖。姉は、由紀。
いとこは、治代・幸代・幸穂・美幸・幸海・さちえ・幸史郎・早苗。
親戚の間では、多くの人が、「幸」を省いた名前で呼ばれる。
「ゆき」としか呼びようの無い姉を除いて。
ぼくは、「ノリ」。
野球好きな父が、家にいるとTVは巨人戦。
居間から離れていても、得点したのか、ピンチを乗り切ったのか分かる。
肉厚の手が、力のこもった音を出す拍手。
もの心ついたときから将来の夢は「プロ野球で活躍すること」。
中学3年で野球の道をあきらめるまで、可能な限りの努力をした。
大袈裟に言えば、人生の全てだったといってよい。
中学の野球部には、13クラスから80人を超える人が、入部。
2番 キャッチャー。
市新人戦 準優勝、市総体 3位、県総体 優勝、四国大会 3位。
県大会4試合で、打率.455。3打点。
まあまあの選手だったと思う。
「プロで活躍」することへの、期待より不安が増したのか、
ずいぶん悩んだが、野球を続けることをあきらめた。
数年前からまた野球を始め、ぼくよりずっと、
野球に深く関わってきた人たちに触れる機会が増えた。
甲子園経験者、プロに片足が掛かった人たち。
すごい。が、プロにすら成れなかった。
プロに入る人たちは、本当に才能と運に恵まれた選ばれし人たち。
その中でも、活躍する人は、わずかひと握り。
昨年末、オリックスの中村紀洋選手が、球団の失礼な対応が発端となり、
球団を離れ、育成枠という、プロではない立場にやっとなった。
メジャー挑戦時から、処世下手な感は否めないが、
野球選手としては、優れた才能を発揮する稀有な存在である。
試合中の怪我で、たった一年成績が悪くなったが、野球に取り組む姿勢、
積み重ねた実績からチームに与える計り知れない影響力。
一年の成績に応じ、年俸を決めるなら、入団1年目で13勝した投手は、
2億円の年俸をもらうことがあるのか。ありえない。
師と仰ぐ落合監督の付かず離れずの恩、あるレベルのものだけが通じ合う
リスペクトを感じながら懸命な姿勢を見せる。
ひげを剃り、頭を丸め、バットを振り、球を追う。
似ていると言われるたびに困惑していたが、今は違う。
がんばれ、ノリ!







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