夏のつづき
「日本は戦争を起した。それは理由もあったが悪だった。
日本という国はそのような歴史を持っている。
いま君たちは、このことをよく理解して、これから先、
日本を国際関係のなかでどのような国にしていくのか、
十分構想する必要がある。ということは、
これから日本がどのような国になっていくのかは、
誰の責任でもなく、君自身の責任に帰属することだから。」
これは、竹田青嗣の言だが、全く同感。
広島の平和記念館に行くと、戦争の、そして原爆の悲惨さを
まざまざと見せつけられるが、そのなかでも
写真家土門拳の「ヒロシマ」と、各国の要人がコメントを
書き残しているものは、表面の感情を貫き、
こころの内奥に深く突き刺さる。
それにもまして驚いたのは、広島の建築家たちのお花見に呼ばれ、
参加した際、桜の樹は細く、花の数もまばらであったことだ。
日本も核保有をすべきだという論調に対し、
昨年の平和記念式典で広島市長は「もはや戦前である」と。
「数カ国が特権として核保有してもよいが、イラクはいかん」
という思考には、まったく理解できず、
「何様のつもりじゃ!」と言いたい。
少なくともぼくらができる、いや、しないといけないことは、
原爆の悲惨さを認識し、「これだけはやめませんか」と
言い続けることだと思う。
そして、日本が近隣諸国に犯してきた事実を知り、見つめ、
謝罪の気持ちを持つことだと思う。
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